大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)162号 判決 1954年1月22日

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

当審並びに原審における訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴は、他の法律に特別の定めのない場合は、処分をした行政庁を被告として提起すべきものであることは、行政事件特例法第一条、第三条の規定するところである。従つて本件のごとく知事のした農地買収処分並びに売渡処分の効力について、処分をした行政庁との間に争がある場合においては、右規定の趣旨に従いその処分をした行政庁たる知事を被告として右処分の無効確認の訴を提起することを得るものと解するを相当とする。論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決の確定するところによれば、本件物件(第一審判決添付物件目録記載の第一乃至第四号物件)は、もと被上告人の養父木村新平の所有であつたが同人は、昭和二〇年一月一九日死亡し被上告人は家督相続に因り、その所有権を取得した、しかるに、上告人(熊本県知事)は、それぞれ判示の日に、判示農地委員会の買収計画に基き、死亡者たる木村新平を名宛人として自作農創設特別措置法による買収処分をし、かつ同法一六条、二九条による売渡処分をしたというのである。とすれば本件買収計画及び買収処分は、買収当時における所有者に対して為されず、既に死亡せるその前主(所有者の被相続人にして買収当時の登記名義人)に対して為された点において、違法あるものと云わなければならない。(昭和二五年(オ)第四一六号、同二八年二月一八日大法廷判決参照)

かくのごとき場合においては農地の所有者は、同法第七条に基いて農地委員会に対して買収計画に対する異議を申立てることができ、その異議に対する農地委員会の決定に対して不服ある場合は、都道府県農地委員会に訴願することができる。右訴願に対する同委員会の裁決に対して不服ある者は、さらに、同法四七条の二に定める期間内に右裁決の取消変更を求める訴を提起することができる。右の如き買収計画に対する訴を提起しなかつた場合においても農地の所有者は、右のごとき違法な買収計画に基いてなされた知事の買収処分に対しては、別に同一違法を理由として同条所定の期間内に該処分取消の訴を提起することができるのである。(昭和二四年(オ)第四二号、同二五年九月一五日言渡第二小法廷判決)

しかして、本件買収計画については適法に同法所定の公告がなされたこと、また本件買収令書は各判示の日に上告人から訴外泉田マツエ(被上告人の先代の長女で、本件第三物件の居住者)を被上告人の代人として同人に交付せられ、さらに、昭和二四年四月一八日、同月二〇日頃右泉田マツエから被上告人に送付されたこと(被上告人は右マツエの代理権を争い、且右令書はこれを返送したのではあるが)も、また、原判決の確定するところである。であるから被上告人は、その頃本件物件に対して、自創法に基く買収計画が立てられ、かつ買収処分がなされたことを知り得べき状態におかれたものと解すべきであるにかかわらず被上告人はこれ等に対して、前叙のごとき、異議、訴願、出訴等一切の不服申立の方法を採らなかつたことはまた原判決の確定した事実関係から推知せられるところである。そもそも、自創法が右処分に対する不服について異議、訴願を出訴に前置し、かつ同法四七条の二が同法による行政処分の取消変更を求める訴において比較的短期間の出訴期間を定めたのは、右処分に関する争訟をなるべく速かに解決し、いわゆる農地改革を急速に実現しようとする意図に出でたものであることは疑のないところであつて、右出訴期間を徒過した後においては本件のごとき事由にもとづいて買収計画若しくは買収処分の違法はもはやこれを主張することをゆるさない趣旨と解するを相当とする。即ち、かかる訴の提起のない以上、かりに買収手続に以上のごとき瑕疵があつても買収処分はその効力を失わず、農地は、適法に国の所有に帰属するものと解するを相当とする。(昭和二四年(オ)第一七七号、同二五年九月一九日第三小法廷判決参照)

従つて右のごとき違法を理由として、本件買収処分並びに売渡処分の無効を主張する被上告人の本訴請求は、これを棄却すべきであるにかかわらず、原審が右被上告人の請求を容れて本件買収処分並びに売渡処分の無効を確認する旨の判決をしたのは自作農創設特別措置法に関する法令の解釈を誤つたもので、論旨は理由あり、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴四〇八条、三八四条、九六条、八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は、霜山裁判官、谷村裁判官を除く全裁判官一致の意見によるものである。

谷村裁判官の少数意見は次のとおりである。

多数意見が、本件買収計画及び買収処分は買収当時における所有者である被上告人に対してなされず、既に死亡せるその前所有者で登記簿上の名義人である木村新平に対してなされたことを違法とする点は、引用にかかる大法廷判決の判旨に従つたものであり、もとより私も同意見である。

然るに多数意見は、この違法を認めながら、所有者は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称す)に基き買収計画に対し異議の申立、訴願の提起ができ、訴願裁決に不服ある者は自創法四七条の二に定める期間内に裁決の取消変更を求める訴を提起することができ、また買収計画に対する訴を提起しなかつた場合においても違法な買収計画に基いてなされた府県知事の買収処分に対して、処分取消の訴を提起することもできるのである。そして本件買収計画については、同法所定の公告がなされ、また買収令書は上告人から訴外泉田マツエを被上告人の代人として交付され、さらに右泉田から被上告人に送付されたのであるから、被上告人は当時本件物件に対して買収計画が立てられ、かつ買収処分がなされたことを知り得べき状態にあつたものと解すべきにかかわらず、被上告人はこれに対し異議、訴願、出訴等一切の不服申立の方法を採らなかつたのであるから、たとえ買収手続に瑕疵があつても買収処分は有効であつて、出訴期間を経過した後においては、その違法を主張することは許されないというのである。

しかしながら多数意見はその前提において、本件買収計画及び買収処分は其の所有者に対して行はれなかつたが故に違法であるとの見解に立ちながら、この違法は単に買収手続に瑕疵があるに過ぎないとなし、そして自創法に定めた不服申立の手続を採らなかつた以上本件買収処分は有効であるとの見解を採つているが、この見解は自創法に定めた不服申立期間の経過というだけの理由で、本来無効である買収計画や買収処分に対し法律上の効力を附与する不合理な結果を生じ、当然無効な行政処分の本質を無視した見解であるといわねばならない。いうまでもなく自創法による農地の買収は、その農地が不在地主の所有地であるかどうか、もしくは在村地主の保有限度外の農地であるかどうか等買収の要件に該当するかどうかを調査判断して行われるものであるから、もしこれ等の調査判断が所有者でないものを対象としてなされたときは、真実の所有者に対する関係においては買収計画の要素をなす条件の調査判断を欠如し、その買収計画は違法であり無効であることは多言を要しないのである。従つてかかる無効の買収計画に基いてなされた買収処分もまた無効であつて、かような当然無効の行為が自創法の定める出訴期間が経過したという一事によつて有効になるという解釈は到底許されないのである。

多数意見が自創法四七条の二が訴の提起につき短い出訴期間を定めたのは農地買収に関する争訟を速かに解決し、自創法の目的とする農地改革を実現しようとする意図に出たものであるといつていることは首肯できるが、その故を以て本件のような行政処分が当然無効である場合にあつてもなお出訴期間内に訴訟を提起しなければその処分が有効化し真実の所有者が所有権を喪失するに至るというような解釈は法理上到底許されないのである。しかるに自創法が急速広汎に行われる使命を持つという政策的の理由があるからといつて自創法四七条の二の規定が、行政庁が誤つてなしたしかも当然無効である行政処分についても、出訴期間が経過したとの理由でこれを有効とし行政処分の対象とならなかつた所有者の所有権を喪わしめる見解を採ることは、多数意見が余りに政策的考慮に捉われ無効な行政処分の本質を忘れて本来存在しない虚無の行政処分に法律上の効果を認め-無から有を生ずるような-その結果国民の財産権を侵害する事態を招来することになるのであり、かような見解には到底左袒することはできないのである。

本件につき原審の認定した事実によれば、本件買収計画書、縦覧に供した書類及び買収令書には所有者として死亡者である木村新平を表示しあり、控訴人(被上告人)は右新平の養子ではあるが以前から東京都に居住し、本件物件の所在地である合志村西合志村のいずれにも住所を有していないことは当事者間に争がなく控訴人(被上告人)において、本件物件の所有者を木村新平としてなされた買収計画並びに買収処分がいずれも自己を目指してなされたものであることを、その当時知り、又は知り得べかりしことについてはこれを認めるに足る証拠がない、また買収令書は処分後相当期間を経て訴外人泉田マツエを控訴人(被上告人)の代人として同人に交付されたが、控訴人(被上告人)は右訴外人に本件買収令書の交付を受けるについての権限を委託したことがなかつたので、これを右マツエに返還し、その後現在に至るまで控訴人(被上告人)に対し正式に買収令書の交付された事実を認めるに足る証拠はないと判示している、かような事実が原審において認定されているにもかかわらず多数意見は「被上告人はその頃本件物件に対して自創法に基く買収計画が立てられかつ買収処分がされたことを知り得べき状態におかれたものと解すべきである」といつているのは、単なる推定によつて、証拠に基いて原判決の認定した事実に反する判断を示したことになり、独断の譏を免れないであらう、そして原判決認定のような事実関係にある本件の場合において、出訴期間経過のため行政処分の無効を主張して救済を求めることができないとする多数意見に従えば実質上の所有者はその不知の間に自創法上与えられた異議、訴願、訴訟等による救済手段を奪われたうえ更に権利救済の途を断たれ行政庁の違法な処分によつて所有権を喪うという重大な結果を押し付けられることとなり、憲法二九条の精神にも反することとなるのである。

以上の理由により私は多数意見に賛同することはできないのである、よつて本件に対する原判決は正当であり本件上告は理由なきものとして棄却すべきである。

霜山裁判官の少数意見は次のとおりである。

谷村裁判官の少数意見に同調するものである。なお無権利者に対する農地買収処分の無効であることについては昭和二五年(オ)第二八〇号事件の判決における私の少数意見と同趣旨である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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